ハンドルネーム

田舎の小学校というのは本当に小さなもので、教室は、1学年に20人前後の1クラスしか存在しなかった。その環境で育ったぼくという小学生にとって、3クラス30人という小規模な中学校に進学するということですら、世界が一気に広がるような、そんな感覚があった。

 

中学校に進学してすぐだった。当時狭い世界で生きてきたが故に、女子と話すことが苦手だったぼくに、あたらしく女子の友達ができた。初めて話したとき、勝手にぼくに『りょうちん』というあだ名を付けて、

「ね、りょうちんで〜すってやって!」

と、手をくるくる回す動作付きで言われたのが、映像として焼き付いてしまっている。たぶん、これがほぼ初対面だったと思ったけど。

 

仮称として、彼女のことを花とするけれど、当時の印象としては、ぼくで遊んでる。と感じたりした。けれど趣味も合うので、好きな音楽や漫画の話で盛り上がることも多くて、結局は友達として対等な関係だったと思うが、どうだろう。結局ぼくは受け身になることが多かったし、音楽も漫画も、薦められたものの方が多かった気がする。彼女からUVERを薦められたせいで、今でも1番好きなUVERの曲はシークレットになってしまったし。

 

同じ小学校の友達と下校中、「花ってゴリラじゃん」と、ある友達が言ってたのに同意しかねたけれど、何も言わなかった。他の友達はおおむね同意していたし、当時のぼくは、"みんな"から外れるのを恐れていたから。これは友達の中で『ニセコイ』が流行っていて、桐崎千棘=ゴリラというところから持ってきたものだった。彼の中では桐崎千棘≒花とされていたらしい。友達はみんなオタクなので、小野寺が好きだったし、千棘が嫌いだった。ぼくも小野寺が好きだったけど、花は千棘と思えなかった。

 

中学1年の体育の授業では、グループを組んでダンスをした。自分ら以外のクラスの全員、仲がいい男子同士、女子同士でグループを組む中、ぼくと、花と、ぼくら2人ととてつもなく仲が良かった男子Kと、あと女子2(奈、杏と呼ぶ)で計5人のグループを作った。パンダヒーローを踊った。みんなオタクである。ぼくは陰キャだったけど、グループの発案者だった花がほぼ陽キャだったので、変な陰口とかもなく、救われた。(ぼくが陰口に気付かなかっただけかもしれないけど)

この5人、花と奈がいとこだったり、花とKの家が3秒で往復できるくらいの距離だったりして、普段から仲がよく、土日に遊んだりもしていた。とはいえ、数えるくらいしかない気もするけど。

 

彼女には双子の妹がいた。めっちゃ似てる顔で、ちょっと似てる性格と声で、けれど決定的に違う性格と声を持っていた。妹の方とは、花ほど仲良くはなかったけど、悪くもなかった。1年生の頃はクラスが違ったから、そもそも関わりは薄かった。

 

1年生のいつだったか、別のクラスの女子から、メールで告白をされた。特に話したこともなかったので、そもそも顔が思い浮かばなかった。仮称Yとしておく。なんでも部活での姿ですこだったみたいな話で、事前にぼくの部活での友人に相談なんかもしてたらしく、告白をしたという段階まで周知のことだった。周りに囃し立てられていたら、断れなくて、付き合うことになった。翌日、花に全部見透かされていて、結構な大声で詰め寄られたりしたんだけど、さらにその後、Yから「断りきれなかったって話、本当?」と聞かれたけれど、『はい、本当です』なんて言える勇気はなかったので「今はちゃんと好きだよ」って返した。また翌日、情報がはやいものでその返しすら花は知っていたけれど、膨れ面で頬杖をついて「ふーん」と言われた。なんだか直視できなかった。

結局、Yとはすぐ別れた。別れの切り出しは、向こうからだった。

 

ぼくは学習しないもので、また告白を断れずに付き合った人がいた。

 

1年が終わる頃、クラス替えについて、担任と面談する機会があった。うちの学校は1→2年のタイミングのみクラス替えがあるという形式で、クラスのメンバーについて、生徒の希望もある程度通してくれていた。先生は結構フランクな人でぼくも好きだったし、自分の希望は言いやすかったはずだった。ぼくの希望として、まずKと同じクラスが良いと話した。本当は花と同じクラスというのが第一希望だったけれど、真っ先にある女子と同じクラスがいいですと言うのは『その子が好きです』と言ってるようなもののような気がして、言えなかった。さらに言えば、断れなかった彼女がいる最中だったし、担任は付き合ってるという情報だけ知っていたし、余計に言えなかった。花と仲がいいことは先生も知っていたのに、結局いろんな考えが邪魔して、そして誤魔化しに誤魔化した結果、適当に仲の良い男友達を挟んで

「あとは花、妹、奈、杏……あたりと同じが良いですね」

と言った。直後の、

「あ、妹も仲いいんだ〜」

という、先生の言葉が、当時からずっと引っかかってしまった。何よりも、そこに触れたから。

 

ぼくは、妹と同じクラスになった。

 

同じクラスになっても、大して仲良くなかったし、悪くもなかった。

 

クラス発表の時に、ぼくは花と同じクラスじゃないと知った時点でがっかりしていた。けどKと同じクラスになれたことは純粋にうれしくて、それに対して喜ばないと失礼な気がして、マイナスな感情には蓋をした。

それから、ずっと蓋をしたままだった。

部活もなるたけ頑張った。

たくさん本を読んだ。国語の点数だけずっとトップだった。

別の彼女もできた。別れた。

遠くて、名前を書けば入れる高校を進学先にした。

 

2年生以降に花と話した記憶は少なく、3年生になって掃除の担当場所がすぐ近くになるまで、まともに話さなかったと思う。

卒業式でも、顔を合わせた記憶がない。

 

 

 

彼女から貰ったあだ名のはじめとさいごの文字をとって「りん」なんて、ずっと名乗っていたくせに、音楽も漫画も彼女が好きと言っていたものを皮切りに触れたくせに、ゴリラじゃなくて女の子だと思っていたくせに、妹とは決定的に違う人だと分かってたくせに、告白を断れなかったのを唯一分かってくれていたのが嬉しかったくせに、同じクラスになりたかったくせに、

好きだと認められたのは、卒業アルバムを見た時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高校2年生の時、花の高校の文化祭に行った。お互いに、目だけ合った。

大学2年生の冬、地元で電車を待つ姉妹がいた。電車がくるまで時間があった。ぼくはただ、電車を待った。

 

 

 

同窓会で会えたら、今なら昔みたいに、友達みたいに話せるかなって、思ってたのにな。